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5/16 「相互主義」 

 2010-05-16


韓国の李明博大統領を、日本では通常、

「いみょんばく」と、現地の発音で読むのに対して、

中国の胡錦濤主席を「こきんとう」と、日本語の発音で読みます。




これ、不思議ではありませんか?



政治家だけではなくて、官界、経済界、文化人、一般の方と、

全ての韓国人の名前は、日本では韓国語読みをしますし、

全ての中国人に対しては、日本語読みで名前を呼びます。




「中国だけ、日本語読みなんて、差別じゃないか!」

と、そう思われる方もいらっしゃるでしょう。

しかし、そうではないんです。

これが実は、「相互主義」というもので、

お互いに、相手と同じルールで呼び合っているわけです。




日本と中国では、お互いに自分の国の発音で、相手の名前を表現します。

日本と韓国では逆に、相手国の発音で、相手の名前を読むのです。




ですから、矢内筆勝は、

中国では「シーネイピーシェン」と現地読みされますし、

韓国では「ヤナイヒッショウ」と日本語読みをしてくれるわけです。




この「相互主義」というのは、国際関係の基本の基本で、

全く対等にお付き合いするための、大前提になっているのです。

だから、名前の呼び合いでも、統一したルールからの逸脱がないのです。




しかし不思議なことに、この「相互主義」、

名前の呼び合い以外には、機能していないように思えてなりません。

それも、一方的に日本がやられっぱなしなんです。




たとえば、教科書問題です。

日本の歴史教科書に対しては、

その記述内容へ猛烈な抗議をするのは当然のこと、

「気に入らない」教科書を採用する自治体に対して、

圧力をかけることすらします。

当然、これは内政干渉そのものです。




日本の歴史教育に干渉する国があるならば、

その国は、自分の国の歴史教育に対しても、

日本政府の干渉を認めねばなりません。

これが「相互主義」というものです。




根も葉もない、プロパガンダのような反日教育を、

現在、中国は堂々とおこなっているのですから、

「相互主義」の原則に立てば、

日本政府は、猛烈な抗議をするのが筋というものです。




言われ放題、やられ放題という「相互主義」からの逸脱は、

日本が、精神的に「属国」として屈従していることを意味します。

独立自尊の精神で、「相互主義」の立場に立って、

自国の名誉と権益のために、堂々と論陣を張れることが、

どうしても必要となります。




論陣も張れず、ディベートもできず、

唯々諾々として他国の論に屈している現状。

これを日本語で平たく表現するならば、

「腰抜け」という言葉がピタリでしょう。




せめて「相互主義」くらい堅持するのが、

政治の務めでもあり、

また政治家の気概であると、

そう、堅く信じる次第です。




いざ、国家に気概を!


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